アトランティス アイゼン

〔特集〕
「幼児吃音臨床ガイドライン」の作成と公開

総長 森 浩一

 令和3年9月30日に「幼児吃音臨床ガイドライン」第1版を公開しました。ここに、作成の経緯とともに、概要を紹介します。

1 吃音とは?

 吃音(きつおん)は一般には「どもり」と呼ばれています。医療保険では「吃音症」です。専門的には「吃音中核症状」が頻発することがある程度続いていると吃音とします。吃音中核症状には、繰り返し、引き伸ばし、ブロック(出にくい)の3種類があります。しかし、これら以外の症状(人前で話そうとしない等)の方が目立つこともあります。
 吃音のほとんどは「発達性吃音」で、発達障害者支援法に定義される「発達障害」の一つです。典型的には、2〜3歳で2語文以上の発話を始める頃に発症します。それまでは普通に言葉が出ているので、後天性の原因があると思われがちですが、主要な原因は遺伝子変異です。
 吃音は幼児の1割近くに発症しますから、日本では年間10万人近くということになります。「障害」とはいえ、4分の3程度は自然に治癒しますが、発症が多いため、就学児の2%弱、成人の1%弱に吃音が残り、日常生活や学業・職業にも影響が出ることがあります。しかし医療機関を受診しても「様子を見ましょう」と言われるだけで詳しい説明がないことが多く、保護者は不安になります。社会には偏見や無理解があり、《親の育て方が悪いから吃音になる》という間違った考えを今でも信じている人が多いため、親子ともストレスが大きくなりがちです。

2 幼児吃音に関わる状況と解決方法

 世界的には2000年前後から吃音の研究が急速に進みました。有効率の高い治療方法が複数報告され、先進国では、幼児の吃音は、早期治療が標準になっています。
 しかし、わが国では、吃音になる幼児の10分の1だけが医療機関を受診するとしても、全員を見られるだけの人数の吃音の専門家はいません。幼児の吃音についてはすでに医療崩壊状態と言ってもいいくらいです。
 自然治癒しない子が早期に見分けられるといいのですが、確実な指標はありません。就学前に治療するには、自然治癒しないことを確認してからでは遅過ぎます。吃音の専門家はすぐには増やせないので、現状では、一般の相談・診療機関が吃音の詳しい説明や、できれば経過観察も担当し、必要を見極めて治療施設に紹介するという連携を行うことが必要です。これは、治療開始が遅くなる欠点がありますが、吃音の相談・診療を希望する幼児には最大限その機会を提供できるようになるはずです。

3 ガイドラインの必要性

 幼児の吃音の相談が寄せられるのは、保健センター、幼稚園・保育園・認定こども園、小児科、耳鼻咽喉科、ことばの教室など多岐にわたりますが、言語聴覚士がいない施設がほとんどです。そのため、専門学会による研修・広報のみでは、これらの施設に十分な情報が届かないと思われます。
 このような場合、ガイドラインの作成が有効な対策です。ガイドラインは専門家にとっては知識の整理に役立ちますが、主な目的は、忙しい臨床家にまとまった情報を提供し、専門としていない疾患についても適切に対応できるようになってもらうことです。日常的に幼児に接していても吃音には詳しくない臨床家の方々に、従来以上の役割をはたしていただくには、ガイドラインを作成することが有効と思われます。

4 本ガイドラインの特徴

 吃音の治療ができる数少ない専門家を最大限に活かすため、できるだけ自然治癒を待つ方針とし、その間、吃音については非専門となる施設で経過を見てもらい、悪化したり就学1年前程度まで待っても改善がない場合に治療施設に照会・紹介するという戦略を推奨しています。吃音が専門でない臨床家でも適切に経過観察ができるよう、フローチャートなどを用いて具体的に説明しました。また、医療関係者以外の方々や保護者に読んでいただけるように平易に説明した添付資料を作成しました。これによって、幼児期に治癒するかどうかにかかわらず、保護者や周囲の方々が吃音への上手な対応を理解して、不安やストレスが減ることを期待しています。

「幼児吃音臨床ガイドライン」の戦略的対応の概要
(1)7割以上ある自然治癒をできるだけいかす
○最初の1年の重症度は予後と関連しないので待機(例外条件あり)
○自然治癒まで、2~3年かかることもよくある
▶その間の過ごし方のアドバイスを提供
・楽しくお喋りできるように環境を整える
(治癒しない結果になっても有用)
▶医療専門職等による経過観察を推奨
・軽症はできるだけ吃音の非専門家が担当
・治療ができる専門家へ紹介する基準を提示

(2)治療の必要性の判断基準の明確化
・重症/悪化/発話が苦しそう/本人が気にしている 等
・就学の1年程度前になっても軽快傾向がない

(3)吃音治療担当者に向けて、有効な最新治療法の紹介

5 本ガイドラインの構成と入手方法

 吃音に馴染みがない医療専門職に配慮して、ガイドラインの目的と作成手順・使い方と、「幼児の吃音とは」という総論を設けました。臨床的な主要な課題をクリニカル・クエスチョン(CQ)として、証拠の確実さ(エビデンス・レベル)に応じた推奨の強さ(推奨グレード)をつけて提示しています。CQとしては、評価・治療・連携についてのみでなく、併存症のある場合の対応についても含めました。総説とCQには重複もありますが、参照しやすくするため、あえて残してあります。非医療職を対象とした情報提供書4種(上述)と、リーフレット、初診用問診票を添付資料としています。
幼児吃音臨床ガイドラインは、添付文書も含めて、下記URLから入手できます。

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6 謝辞

 このガイドラインは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の補助による研究「発達性吃音の最新治療法の開発と実践に基づいたガイドライン作成」(平成28~30年度、代表:森浩一、課題番号JP18dk0310066)の成果です。センター以外の参加施設は、金沢大学、北里大学、九州大学、国際医療福祉大学、筑波大学、広島大学、福岡教育大学、宇高耳鼻咽喉科医院(順不同)です。
5名の外部専門家による査読と、多くの学協会等のご協力で2回のパブリックコメントを行いました。ご協力いただいた方々に感謝いたします。