アトランティス アイゼン

〔特集〕
装具開発を通した聖火ランナーへの歩行支援

研究所 運動機能系障害研究部 神経筋機能障害研究室長 河島 則天

 東京2020オリンピック・パラリンピックは、コロナウイルス情勢により1年延期にて今夏の開催となった。オリンピックでは歴代最多の金メダル獲得、パラリンピックでは50個のメダルを獲得し、車いすバスケットボール競技で男子が夏季団体種目で初となる銀メダルを獲得するなど、大きな躍進を遂げた大会であった。

 開催そのものの是非が問われる中で、選手や大会関係者にも多くの困難や葛藤があったものと想像されるが、同大会を目指して努力や準備を重ねてきた選手や関係者にとってはかけがえのないイベントとなっただろうし、観衆にとってもオリパラというイベントならではの新しい価値観の共有をもたらす機会になったのではないだろうか。

1 聖火リレー参加ランナーへの支援

 障害当事者のオリパラへの参加の場は、パラリンピック競技だけでなく、聖火リレーが主要イベントとして位置付けられている。聖火リレーには、車いすや義肢装具装着での参加を果たしたランナーが数多く含まれ、歴代大会の中でも障害当事者の参加が多いイベントとなったのは、特筆すべき成果と言えるだろう。

 我々にとっても今回の聖火リレーは大きな意味合いを持っており、これまで開発を進めてきた脊髄完全損傷者用長下肢装具C-FREX(Carbon-Fiber Reinforced Exoskeleton)の実用型モデルでの歩行を実現するキーイベントとして位置づけ、聖火リレー実施までの完成を目指して開発を進めてきた。C-FREXは、カーボン素材の特性を生かした構造を特徴とし、動力を使うことなく麻痺下肢の膝関節運動を行える機能を実装している。加えて、歩行障害者に『歩きたい』『使ってみたい』と感じさせるデザインを含ませることを意識している。装具開発にあたっては、河島が機能原理の考案と仕様策定を行い、義手や車いすなどの設計を手掛けてきたデザイナーの小西哲哉(exiii design株式会社)との連携のもと、カーボン素材の高い製造・加工技術を保有する株式会社UCHIDAの手によって製作を進めている。C-FREX開発のテストパイロットである高橋和廣が聖火リレーランナーとして参加することが決まったことを受けて、クラッチ操作を要する装具歩行の特性を考慮した体幹装着型アタッチメントによって上肢での支持なしにトーチを掲げられる形を模索した。

 2020年7月時点でも充分に歩行を実現できる機能を備えていたものの、『無動力で膝関節の動作を行う』という目標を充分に実現できていなかったため、1年の延期期間内に改良試作を進め、試作と評価を幾度も繰り返しながら準備を進めることとした。

 聖火リレーは当初の公道での200m距離の歩行が中止となり、イベント会場での5mの歩行実施に変更となったが、ライブストリーミング映像によって多くの人の目に触れる機会が得られたことから、当初の目標を達成できたと言える。尚、聖火リレーで障害当事者が装具等を用いて歩く場合には補助者が付くことが一応の原則とされるが、高橋氏の装具歩行は年スパンの継続により習熟していることから私は補助につくことはせず、観覧席で彼のご家族と一緒に聖火リレーの様子を見守ることにした。高橋氏にとっては、お子さんに歩く姿を見せる良い機会となり、本人からは『オリンピックの聖火リレーに装具を装着して参加できたことは、パラ競技を引退した後の大きな次のステップになった』との感想が聞かれた。

2 研究成果のアウトリーチ

 研究開発、ものづくりは、仮説立案から試作、安全性検証を経て、臨床研究としての試用評価、エビデンス構築を経て、初めて医療現場や障害者の実使用に至る、長い道のりが必要である。研究としての取り組みでは、試作した装具を用いた歩行中の動作は筋活動の計測を行うことで身体への影響を検証し、医科学的エビデンスを得ることに重点を置く。他方、開発装具が完成へと近づいていけば、実用化へと展開するために、成果のアウトリーチとして、ユーザー対象となる歩行障害者の目にとまる場を得るなどの発信を行う必要がある。

 聖火リレーは成果発信のイベントとして非常に良い契機となり、開発装具の価値や今後の課題を再認識するまたとない機会となった。今後は引き続き最終試作を進め、実用化へと展開していく予定である。

 

補足:C-FREXのデモンストレーション映像